-我ら『南部護国軍』は、国を護る軍隊である
我ら『北部守護軍』は、国を守る軍隊である
選択を間違うな
理念に正否など存在しない

ランツハイム王国最大の商業都市『アバジェット』。
アバジェットはランツハイム大陸の南部に位置し、とりわけ商業が栄えた行商人の街である。街の中心には商人組合があり、軍需用品を扱ったり、鉱石採掘所を運営したり、さまざまな取引を行う。
大陸の南部は気候が温暖で広大な平原や草原が広がる地域であり、多種多様なモンスターや種族が共存していた。

そしてこの街には、もう一つの重要な役割があった。
クーデターを起こして王都を手中に収めたシュエンザイトに反旗を翻した対抗勢力・・・アバジェットの領主アレックス伯爵に従う南部貴族や兵士を集めて結成した『南部連合』の拠点でもあったのだ。

そのアバジェットの入り口に、王都から脱出したゼフィと護衛のルウは立っていた。

「ようこそアバジェットへ、王女様」
ゼフィは自分を迎えに出たアレックスとその兵士に対面した。彼らはゼフィに向かって丁寧に挨拶した。

「あなたが、アレックス・ライモン・ルドー伯爵ですか?」
「はい。王女様にお目にかかれて光栄です」
ゼフィはアレックスに会い、やっとベルフォートを離れたことを実感した。

王都ベルフォートは、女王を暗殺し王位を簒奪した宰相シュエンザイトの勢力下に入り、粛清の嵐に晒され混乱していた。現在、王都が位置するランツハイム王国の北部は、物々しく陰鬱な空気に包まれていたが、南部のアバジェットまではシュエンザイトの支配の手は及んでいなかった。
かつてのゼフィなら、この活気あふれる都市を見て喜んでいただろうが、今はそういう心の余裕はなかった。

アバジェットの領主であるアレックス・ライモン・ルドー伯爵は29歳、逞しく優しそうな男性だった。
しかしゼフィは、彼が自分を救出したのは、王家に対する忠誠心からだとは信じられなかった。
『以前の私とは違うもの。うわべだけで人を信じることはできない』

ゼフィは一旦ルウと別れ、広々とした敷地に建てられた立派な屋敷に案内された。
そこはもともと貴族の屋敷であったが、現在は南部連合の総司令部として使われているということだった。
総司令部の正門をくぐると、数多くの兵士が練習に励む修練所があり、至る所で気合を入れる声が飛び交っていた。
ゼフィはその光景に圧倒された。
しかし、先を歩く伯爵には気づかれないよう無表情を保っていた。

総司令部の一室。
ゼフィとアレックスは、テーブルを挟んで向かい合って座った。

「王女様がアバジェットへいらしたおかげで、反乱軍扱いされていた私どもにも大義名分ができました」
「私たちを助けてくださり感謝しています、ルドー伯爵」
「アレックスとお呼びください。私は王女様の臣下です」
「あの手紙の内容は本当ですか?南部貴族を中心にシュエンザイトに対抗する勢力が結成されていると・・・アレックス」
ゼフィはためらいながらも、ぎこちない声でアレックスの名前を呼んだ。

「はい。南部出身の貴族たちがシュエンザイトに反旗を翻し『南部連合』を結成しました。この南部連合が有する兵力は、決してシュエンザイトの勢力に引けを取りません」
「しばらく外の情報が入ってきていないのですが、彼・・・シュエンザイトは今、どうしているのですか」
「噂ですが・・・彼は、何か研究に没頭していると」
「研究?」
ゼフィは、思いもよらない言葉を聞いて眉をひそめた。
ゼフィの母である女王を暗殺した目的は、王座を奪うためではなかったのだろうか。
『そういえば、シュエンザイトが王に即位したという話は聞かないわ。どういうこと?』

「正確なことは分かりかねますが、何か兵器を開発しているという噂があります」
「既に政権を奪ったというのに、そんな兵器が必要なのでしょうか」
「さあ・・・ 私にも彼の心の内は理解できません」

ゼフィはシュエンザイトのことを思い出し、唇を噛んだ。
今も忘れることのできない、あの赤い雨。

つらそうな表情のゼフィを見つめ、アレックスは言葉を続けた。
「王女様には今後、力が必要になるでしょう」
「・・・どういう意味ですか」
「私ども南部連合は、王都の正規軍と戦うのに十分な兵力を保有しております」

ゼフィはアレックスをじっと見つめた。
アレックスは優しく微笑んだ。どこか、昔のシュエンザイトを思わせる微笑だった。アレックスは立ち上がり、窓の方へ向かった。

「この窓から見える景色を、どう思われますか?王女様」
アレックスの言葉の真意を探りながら、ゼフィもアレックスの隣に立った。窓の外には、南部連合の修練所が見えていた。そこでは多くの兵士が訓練の真っ最中だった。
「シュエンザイトに立ち向かうために集まった兵士でございます。我々は、決して負けないと自負しております」
ゼフィは窓の外の兵士たちを眺めた。そんなゼフィを横目で見てアレックスが穏やかな口調で言った。
「私と手を組みますか」
「手を、組む・・・ですか」
「さすれば幾万の兵士が、王女のために力になりましょう」
アレックスの口調はどこまでも淡々としていた。

母の死、幽閉、そして脱出。
立て続けに起こった出来事は、ゼフィを打ちのめしていた。ベルフォートに再び戻ることを誓いはしたが、現実に直面した今、自分が無力であることは明らかだった。

―ゼフィ、他人と関係を結ぶときは、慎重に判断しなさい。あなたが誰かにコインを一つもらったら、その人には必ずコインを一つ以上返さなければならないわ。何かを得るためには、代償を払う必要があるの。このことを肝に銘じておきなさい。
母の言葉が耳元によみがえる。
『アレックスは、王女である私と取引するつもりだわ。やはり、もらったコインは返さなければいけないのね』

「・・・条件は?」
ゼフィが精一杯低い声で訊くと、アレックスの口元がほころんだ。
「さすがは王女様です。しかし、そう身構えないでいただきたい」
「・・・」
「たいしたことではありません。ただ、王女様が女王の座に就いたとき、私ども南部連合を忘れないでいてほしいということです。」

ゼフィは硬い表情でアレックスの話を静かに聞いた。
「私どもは長い間、ベルフォートに住む北部の貴族勢力に押され、苦しい暮らしを強いられてきました。今回の事件でもシュエンザイトに加担し、兵力を提供したのは多くの北部貴族だと聞いています。しかしこの戦いが終われば、彼らと我々の立場は逆転するでしょう」
「それで?」
「少々気が早い話ではありますが、王女様が女王の座に就いた後、暫くは混乱した状況が続くと思います。そのとき、私どもが王女様の側にお仕えしたいのです」
「南部貴族に・・・実権を握らせて欲しいということですか?」
「露骨な言い方は、王女様には似合いませんよ。ふふふ」

「考えて・・・みます」
アレックスに対する疑念が、確かなものに変わった瞬間であった。
『やっぱり、この人も王家への忠誠心から私を助けたわけじゃないんだわ・・・』

ゼフィは部屋から出て、一気に疲れを覚えた。
互いの胸のうちを探り合い、相手にのまれまいと神経を張り詰めていたからだった。

アレックスの申し出を断る理由はない。自分には何の力もないのだ。
だが、即答できるだけの決断力は、今のゼフィにはなかった。

 

その夜。
ゼフィたちにあてがわれた南部貴族の屋敷の一室。
ゼフィは総司令部でのアレックスとの会話の内容をルウに話した。

「伯爵にとっても、好都合だったわけですね。私たちを脱出させることは」
ゼフィの話を無表情で聞いていたルウは、不満をあらわにした。

「アレックスは救出の代償を求めている。たしかに・・・私があのまま幽閉されていたら、いつかはお母様のように、シュエンザイトの手にかかっていたかも」
「・・・」
「アレックスは、私の命を奪うつもりはないみたいだし、それだけでもシュエンザイトよりましなのかもしれない・・・」

王城を脱出したとき、必ず戻ると胸に誓った。
だが、やはり現実はそれほど甘くなかった。力のない王女なんて利用されるための道具に過ぎない。
ゼフィは窓際に立ち、彼女の心を映したような夜空を静かに見上げた。

「救出の代償は、高くつきそうですね」

ルウの言葉に振り返ったゼフィは、力なく笑った。
「今の私に、選択肢がないことは分かっている。アレックスの申し出を拒んだら・・・」
「彼らは動かないでしょう。」
「彼は言っていたわ。私がアバジェットへ来たから反乱軍扱いされていた南部連合にも大義名分ができたと。結局、南部連合もシュエンザイトを討つための正統な理由が必要だったのよ」
「大義名分・・・きっと王女様の王位復権ですね」
「このままでは、シュエンザイトと南部連合が衝突して戦争が起こってしまうわ。このランツハイムが戦場になってしまう」
ゼフィは悔しそうに天井を仰いだ。

「戦争になれば、多くの罪のない人が犠牲になってしまう・・・」
「今の流れだとシュエンザイトが南部連合をこのまま放っておくとは思えません」
「・・・私に力があったら」

―自分に力があったなら・・・
―誰にも頼らずにランツハイムを救うことができたなら・・・

しかしその願いは、現実とは悲しいほどかけ離れていた。

 

つづく