―あなたを愛することはできない
 一人残される悲しみを、背負わせることはできなかった

広場は色とりどりの布で飾り付けられ、中央に立てられた高い棒の頂点から村の四方へ伸びている紐に、点々と灯篭が吊るされていた。灯篭にはカラフルな色紙が張られ、光は様々な色となって照らし出されて美しい光景を作っていた。
歌をうたう者、ハープを奏でる者、振る舞われた野菜料理を楽しむ者、談笑をかわす者などで広場は活気づいていた。
今日はここ『コタ・マレ』の族長の誕生日を祝う祭りであった。

コタ・マレは、ランツハイム大陸の中部『水色沼』の中にあるマレ族の居住地である。低湿地の水色沼は鬱蒼と茂る樹木に覆われ、一年中陽が射しにくく湿度が高いため、独特の生物が生息する。
沼はその名のごとく不思議と湖のように澄んだ色をしているが、所々底なし沼もあるため、不用意に足を踏み入れて事故に遭う者も少なくなかった。
移動の不便さから他種族の往来が自然と減り、モンスターの個体数は益々増え、それは他種族の水色沼離れに拍車をかけた。

だが、水色沼の凶暴なモンスターを無事にやり過ごして入り組んだ沼の道を進み、何とかコタ・マレに着いた勇気ある者を迎えるのは、目を瞠るほど美しい生き物『マレ族』であった。

マレ族は人の基準からすれば非常に美しく整った容姿をしている。姿形は人と同じで、人と区別できる点といえば耳についた氷の角のみである。

彼らは寿命が人間に比べて約半分にも満たない短命種でありながら、一定の年齢に達すると肉体の成長が止まる。そして死ぬまで若さを保つという特徴を持っていた。
よって肉体は大人でも精神は幼かったり、逆に肉体は青年でも精神は老人だったりと、見た目で年齢を判別するのが難しい種族であった。

また、彼らは水色沼から得られる様々な薬草で香を調合することを得意としていた。かつてはマレ族が煎じた薬を手に入れるために、危険を潜り抜けてコタ・マレまで出向く者もいたが、最近は訪問者もめっきり減ってしまい、コタ・マレにやってくる者といえばアビス族の流れの商人くらいだった。

 

マレの族長『ケイティン』は、満足そうに祭りの風景を眺めていた。
見た目は20歳前後の若い女性であったが、実際の彼女の歳はその2倍はあった。彼女はマレ族の中で最年長であったため、その容姿に似合わない貫禄が感じられる人物だった。

「母上、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ニルティ」
「長ぁ~おめでとう! これ、プレゼント!」
族長の息子『ニルティ』が祝いの言葉を述べる。ニルティも美貌の青年だったが、その隣には黄金色に輝く髪に深緑の瞳、くびれたウエストに手足も長くプロポーション抜群の女性が立っていた。
族長に差し出されたその手の上には水色沼で採集できる『氷花(ひょうか)』があった。
「そなたが採ってきたのか。ありがとう、セレスティン」
穏やかな笑みを浮かべてケイティンが礼を述べると、セレスティンは得意げに言う。
「うん! 村の外って全然怖くなかったヨ。ニルティが一緒に行ってくれたしネ!」
見た目と違って子供のようにはしゃいで相好を崩す彼女は、幼い少女だった。

短命種のマレ族は、寿命が短い代わりに人間の2倍の速度で肉体の成長を遂げる。だが精神の成長はそれに伴わないため、族長をはじめセレスティンのように見た目と行動のギャップが激しい者が存在した。

ケイティンはセレスティンを娘のように思っていた。
セレスティンの母親は彼女が赤ん坊の時に亡くなったため、それ以降はケイティンが面倒を見てきた。セレスティンもまた、族長を母親のように慕った。

 

「セレスティン、族長にどんなプレゼントをしたの?」
広場でおしゃべりをしていた同じ年頃の少女たちの輪にセレスティンが入ると、隣に座っていた少女が聞いてきた。
「ウン! この時期、水色沼が急に寒くなるでしょ? だから氷花がキレイに咲くのよネ。咲いてる中で一番キレイな花を探してプレゼントしたの~」
「あれれ、氷花が咲くのって水色沼でもちょっと危ないところでしょ? よくそこまで行けたね」
皆、一様に感嘆の声を上げる。
「へへへ、ニルティが一緒に行ってくれたの。ニルティってケンカ弱いけど、一人で行くよりはマシだろうと思ってサ~」
「ニルティって優しいヨね~ 族長の息子だから、いずれこの村を率いて行くんでしょ? セレスティンはいいな~」
セレスティンを羨むその口調には、少し嫉妬も交じっていた。
セレスティンがキョトンとして見返す。
「え、何で??」
「だってニルティと結ばれるんでしょ?」
「セレスティンは族長に特別扱いされてるから、きっとニルティと結婚するんじゃない?」
「私たちは短命だから早く相手を見つけなきゃならないけど、それって難しいよネ~」
次々に先を進む会話を遮るようにセレスティンは割って入る。
「え、何でニルティと結婚するの。あたしの運命の相手は、ニルティじゃないヨ!」
むきになって言うセレスティンに、笑いが起こる。
「セレスティンったら、まだ運命の相手なんて信じてるの? そんなの迷信ヨ。確かにマレは惚れやすい所はあるけど」

マレ族は種の保存のため、早くから伴侶を見つけたがる傾向があった。短命であるからこそ備わっている本能でもあった。
そして、なぜか伴侶を見つける方法としては『一目惚れ』がもっとも多かったのである。
セレスティンもまた、運命の相手と巡り合うことを夢見ていた。
「あたしは強いオトコが好きだモン! ニルティはナヨナヨして弱いヨ。あたしのタイプじゃないの!!」
「セレスティン・・・」
その時、後ろからニルティ本人の声が聞こえた。
かなり大きな声で言い返したため、こっちに向かってきていたニルティ本人に全て聞えたようだった。酷い言われようだったが事実そうであったため、ニルティは苦笑を浮かべるだけだった。
「あ、あはは・・・ ニルティ、聞えちゃったのネ」
セレスティンは笑ってごまかすしかなかった。

夜が更けて催し物の披露はお開きとなったが、祭りの興奮が冷め切らない者は広場に残り、夜を徹して楽しむつもりのようだった。
喧騒は静まったが、広場の至る所で輪になって酒を交わしながらの談笑が続いた。時々、どこかでどっと笑いが起こった。

セレスティンもまた、家に帰らず広場に残っていた。
先ほど加わった女の子たちはほとんど家に帰ったため、今度は別のグループに加わった。マレの中でもかなり年上の部類に入る『お姉さん』たちだった。

「あら、セレスティン。寝なくていいの? 良い子は寝てる時間でしょ」
「今日くらいいいじゃん~ あたしも夜更かししてみたいのヨ」
お姉さんたちが相手だったため、甘えるような声を出すセレスティン。
彼女たちが飲んでいるものに興味があったが、飲ませてくれないだろうな~と思ったりする。

「セレスティン、族長に氷花をプレゼントしたんだってね」
「氷花か・・・ ふふっ、族長も今頃、思い出に耽っているでしょう」
意味深な会話に、セレスティンは首をかしげる。
「セレスティンが生まれる前のことだから・・・ あなたは知らなくて当然よ」
「そうそう、マレの中でも若い人たちは知らないこと」
「族長の過去・・・ね」
彼女たちは酒が入ってかなり饒舌になっていた。まるで今まで誰かに話したくてしょうがなかったことを、やっと口にして満足しているようだった。

「族長もああ見えて、実はものすごく激しい恋をしてたのよね。もうずい分昔のことだけど」
「え、ニルティのお父さんと?」
セレスティンの言葉に、彼女たちはにんまりと笑って返す。
「それが、違うの。ニルティのお父さんじゃないのよ。もっとずっと昔、20年以上も前のことじゃない?」
「え!? そんなに昔??」
セレスティンにとっては、気の遠くなるような遥か昔のように思えた。

「あの頃は他種族の往来もかなりあったから・・・ 出会いの機会も今よりは多かったのよ。でも、種族を超えた恋愛に障壁は付き物でね。族長の恋も、結局叶わずに終わってしまったの」
「え!? 長の相手ってマレ族じゃなかったの?」
聞かされる言葉は驚きの連続だった。
「そうよ。相手は人間だった。族長にプロポーズしたんだけど、その時に、氷花を贈ったのよ」
「その人間がコタ・マレにいた期間は短かったけど、二人ともあっと言う間に恋に落ちてね、すごい熱烈ぶりだったわ」
今の族長からは到底想像できない話だった。

『氷花を差し出した時、長ってどういう反応をしたっけ・・・』
あの時は、自分が大好きな人にプレゼントをするということに浮かれてしまい、族長の反応を良く見ていなかった。
嬉しそうな表情だったと思うが・・・ 惜しいことをしたと今更後悔するセレスティンだった。

「でも何で別れたの??」
セレスティンの無邪気な質問に、さっきまで浮かれていた雰囲気が急に静まる。突然の反応に、セレスティンは聞いてはならない質問をしたのかと少し怖気づいた。

「セレスティンもよく覚えておいて。マレは短命。それはつまり、相手が他の長命な種族であれば、相手より先に死んでしまう・・・ 相手を一人残して、自分だけ消えるということなの」
静かに語る彼女たちの瞳には、一種の諦観めいたものがあった。

「残していく者も辛いけど、残される者だって辛い。族長は、その人間のことを想って別れを選んだ。きっと相手のことをあまりにも好きだったから、そうせざるを得なかったのよ・・・」
「もし、あなたが長命な他種族を好きになる場合は、残される者の悲しみを相手に強いることができるかどうかを、よく考えたほうがいいわ」
幼いセレスティンには、彼女たちが言っていることが完全には理解しきれなかったが、何となくは分かった。

「でも、好きな人とは一緒にいたいモン。あたし、分かんないヨ。何で死ぬ時のことまで考えなきゃいけないの?」
不服とばかり必死に言い返すセレスティンを見て、『お姉さん』たちは柔らかく笑う。
「こんなことを言うには少し早かったかな。セレスティンがもっと大人になったら分かるわ」

族長も彼女たちも寿命が尽きる年齢に近い。
彼女たちの静かな笑みを見ていると、セレスティンはとても悲しくなった。

 

つづく