―見間違いなどではあるまい
 確かに「アレ」は、両親を喰ったのだ

 

ホグトンおじさん、お元気ですかぁ。
僕は今、囚われの身ですぅ。
なので、この手紙は僕の遺書になるかもしれませぇん。

何せここはルハルト戦地のど真ん中で、僕はあの恐ろしいシュエンザイト率いる北部軍に捕まってしまいましたぁぁ。
アビス族がいくら鳥に似ているからって、わざわざ鳥かごに放り込まなくてもいいのではと思うのですが、いつ処刑されてもおかしくないので不平を言っている場合ではありません。
とりあえず、目的のものは僕の頭の中にしっかりとインプットしたので、もし帰れたら今度こそ成功させたいと思いますぅ。
生きてここを脱出できればの話ですがぁ・・・

イグトンより

 

「はぁ・・・ 今日も良い天気ですねぇ・・・」
容赦なく照りつける太陽の光がまぶしくてイグトンは額に手をかざし、格子の隙間から遠くを見つめた。彼が捕らえられているその「鳥かご」は、巨大な防壁の上部に吊るされていた。
遠方で爆音が聞こえた。地響きがひどいところを見ると、地雷か何かが爆発したようだ。

ここはルハルト戦場。
ルハルトはランツハイム大陸の中央に位置する激戦地である。
南部軍と北部軍が激突して内戦が勃発し、戦火が大陸を嘗め尽くして2年が過ぎた。
北部軍は人間では太刀打ちできない怪物兵器「センティネル」を駆り、また強力な武器をもって南部軍を一方的に虐殺していた。形勢は南部軍にとって圧倒的に不利だった。大陸の随所にある戦場では毎日のように夥しい数の戦死者の遺体が運び出され、南部軍は疲弊しきっていた。

なぜこれほどまでに両軍に戦力の差が生じてしまったのか。
それは、軍需供給源の技術力に、大きな原因があった。

内戦勃発初期、北部軍は大陸の北に位置する王都を拠点として占領地を拡大し始めたのだが、真っ先に攻略したのは大陸最北端にある工業都市「アビスベルク」だった。アビスベルクに住む鳥の姿をした「アビス族」には、特技があった。
発明好きで、機械に精通しているという点だった。
彼らは好奇心旺盛で、絶えず世界について探求しては何かを作り出した。発明品は身近な生活用品から強力な武器にまで至り、「アビス製」は優れた製品としての確固たる地位を築いた。
北部軍はそこに目をつけ、アビスベルクを占領した後、アビスが持つ生産ラインを全て武器の製造に割り当てた。
アビス族は機械には精通していたが、戦闘には不慣れであったため北部軍の言いなりになるしかなかった。
アビスの技術により、北部軍が使用する兵器の破壊力は南部軍の兵器を遥かに凌ぐものとなり、兵力の数で勝っていたはずの南部軍はすぐに劣勢に追い込まれてしまった。人間の力では相手にできない怪物兵器の猛攻に加え、アビス製の最新兵器による攻撃。
南部軍の勝機は一向に見えてこなかった。

イグトンは、兵器や移動機器、生活用品など実用的な発明を得意とするアビス族の中でも、変わり者だった。彼の関心は、専ら空に向けられていた。
楽天的で常に陽気な彼が、厳しい目つきに変わる瞬間がある。
その目線は、空のある一点に固定されていた。

空中戦艦「ラ・ストラダ」。
千年以上も昔に活躍した一人の英雄が作り出した天空の要塞。
この世に残された唯一未踏の領域と言える。

イグトンは、北部軍の捕虜になった今も、鳥かごの格子の隙間から空を見上げていた。
悠々と空に浮かびながら、圧倒的な重量感を見せつけるその要塞は、世界を構成するエネルギーを循環させる究極の循環装置としての役割を担っているため、この世界では神と同様の存在であった。

なくてはならないもの。
エネルギーを循環させ、大地を潤す奇跡の存在。

「ラ・ストラダ・・・ 必ず化けの皮を剥いでやりますぅ・・・」
イグトンの言葉には、怒りと悲しみ、悔しさが滲み出ていた。
彼は俯き、目を閉じた。

―白い雪に点々と散っていた赤い血、悲鳴、咆哮…
やがて、アノ夜のことが瞼の裏に鮮明によみがえってきた。

 

三人は雪山の中を走っていた。
夜の針葉樹林は闇の中に沈み、頭上に広がる木の枝は黒々とした不気味なシルエットを描いていた。
北の地の雪山は非常に危険で、尖った岩や雪に足を取られて何度も転んだため三人の身体はびしょ濡れになった。転んで擦り剥いた部分から流れていた血はいつの間にか止まり、体のあちこちにこびりついていた。
身体を覆っている羽が水分を含み重たくなっても、何とか身体を引きずるようにして走っていたのである。
彼らは今、北部軍に追われていた。

彼ら・・・イグトンと彼の両親は、アビス・レジスタンスに属し、北部軍の侵略行為に抵抗していた。
今日もいつものように、武器作りに必要な材料を秘かにアジトへ運搬する予定だった。だが、どこからか漏れた情報により、運搬の最中に北部軍が奇襲をかけてきたのである。
突如現れた北部軍により、その場にいたレジスタンスのほとんどが殺された。何とかイグトン一家は逃げ出せたが、すぐに北部軍の追っ手がかかった。

「父さん! 母さん! このままじゃ追いつかれますぅ! 僕が囮になりますから、二人は逃げてください!!」
持っていた機材や部品はとっくに放り出していたが、もともと体力的に優れた種族でもないアビスが北部軍の精鋭たちを振り切ることは不可能に近い。イグトンは雪山の中腹ほどにある秘密の山小屋で両親と落ち合うことにし、とりあえず二手に分かれて逃げることにした。

せめて自分の羽毛の色が保護色だったなら、夜の雪山での逃亡に最適だっただろうに・・・とイグトンは歯噛みした。だが残念ながら、アビス族の羽毛の色は赤や青、紫や五色の斑など、その明るい性格を表すような極彩色であった。イグトン自身の羽毛も青に、黄色や薄紫が混じり、雪山では非常に目立つ鮮やかな色をしていた。
両親と別れてしばらく走っていると、後方から獣の咆哮がした。
「ひっ! あれは、クロウビーストですぅぅ!!」
体中の羽根がぞわっと逆立つ。
クロウビーストは大型の狼犬であり、元々は野生の獣だが北部軍では狩猟犬として調教し、狩りに使っていた。体躯が大きく性質が凶暴な上、獲物を一撃で仕留めることはせず、少しずつ弱らせてなぶり殺しにする嫌な性質も持っていた。
イグトンは、自分がクロウビーストに手足をもぎ取られながらも生きようと必死にもがく場面を想像し、真っ青になった。
「い、嫌ですぅぅぅ!!! こんな最期は嫌だぁぁぁ!!! ヒィィィィィ!!!! な、何か方法はないでしょうか~ 何か~~!!!」

走りながら必死に考えていたため、つい足元への注意がおろそかになってしまった。突然重力がふっと消えたかと思った瞬間、イグトンは派手に地面を転がり始めた。
「ひ、ひ、ひえええええええええ~」

雪に覆われた道が崩れ、イグトンは宙に投げ出されていた。そこは、急傾斜の丘だった。 アビス族の体型は丸々としているため、加速度がついたボールが転がるように下方に向かって落ちていく。最初は回転運動を何とか止めようと抵抗したが、すぐに無駄だと分かりイグトンはその勢いに身を任せた。
やがて傾斜は緩やかなものになり、スピードが徐々に落ちるとしばらくして完全にストップした。先ほどの場所からかなり離れたらしく、もうクロウビーストの声は聞こえなくなっていた。
イグトンは、雪野原のど真ん中でしばらくの間じっとしていた。
ぼろぼろになった身体では指一本動かせるような気力も起きない。さっきから腕や胸がひどい痛みでほとんど感覚がなくなっているのをみると、どこか折れたのかもしれない。
だが今夜さえ無事に乗り切れば、当分は武器の運搬をする必要がないから身を隠していれば良い。
やがて赤紫の空から、雪が降り出した。

「へへ・・・空は僕たちの味方ですねぇ・・・」
この雪は彼の足跡を消してくれるだろう。
シュエンザイトや北部軍にアビスベルクを好き勝手にさせない・・・イグトンの決心は固いものだった。
北部軍に脅されて嫌々やっていることだとしても、戦争物資を供給せざるを得ない立場に立たされたアビス族の行末は暗澹たるものだ。
だが、イグトンが本当に案じているのは別のことだった。

「アビスは・・・シュエンザイトの言いなりになっている場合ではないんですぅ。今、この大陸では大変なことが起ころうとしているんですよ・・・」
イグトンは仰向けのまま、力なく呟いていた。

雪は音もなく降り続く。
そう、この雪こそ変調の兆し。

アビスベルクが位置する大陸の北側の環境が、狂いつつあった。
空中戦艦により世界を構成するエネルギーは絶えず循環し、豊穣なる大地へと生まれ変わったはずだった。

この雪は、均衡が崩れていることの証なのだ。
アビスベルクは元々極寒の地域でも、雪国でもなかった。
冬が長いほうではあったが、一年中雪に閉ざされるような環境になったのはここ十数年の不気味な変化だった。
それはアビスベルクだけに限った現象ではなく、大陸の南側では砂漠の面積が猛烈な勢いで拡大していた。
大陸の気候が変動しているのに、誰もその異状について気づいていない。

―これは、空中戦艦の機能に異常がおきているせいではないか・・・

そのことに気づいた当初、イグトンはアビスの首脳部たちの説得にあたった。ラ・ストラダの機能が低下しているのかもしれない・・・一刻も早く手を打つべきだ、と。イグトンの意見に賛同した研究者たちは空中戦艦に行くため、研究を始めた。
だが、その矢先にランツハイム内戦が勃発した。そして、なぜか研究仲間が真っ先に標的にされ、次々粛清された。 生き残った少数の研究者たちは、北部軍の残虐ぶりに怖気づいて身を潜めてしまった。
それでも諦めきれなかったイグトンは、アビスベルクから北部軍を追い出そうとレジスタンスに加わった。
そして今日に至る。

ラ・ストラダの循環装置が止まれば、この世界はどうなってしまうのか。
大陸北端のアビスベルクや南端の諸都市は生物が住めない環境になってしまうかもしれない。
千年以上も前、大戦争により徹底的に破壊された世界に適応するため、この大陸の獣たちはモンスターへと進化した。
我々アビスも、おそらくその過程でかなりの変貌を遂げたはず。
古代の資料はほとんど残っていないが、空を自由に飛びながら季節ごとに住処を移す渡り鳥のような種族もあったという。
その種族こそアビスの先祖であり、我々の身を包むこの羽根はその名残なのだろうかと、自分が空を飛ぶ姿を想像してみる。
『そういう変化も良いかも知れないですねぇ・・・』

熱っぽい体の上に雪がそっと舞い落ちる。
イグトンは力の入らない身体に鞭打ち、動かない腕を庇うようにして何とか身を起こした。
そして両親と落ち合うことにした山小屋を目指してゆっくりと歩き出した。

つづく